What is SERPENT?

【セルパン/Serpent】は、今から約400年前のフランスで誕生した楽器です。
このセルパンという名前がこの世に初めて登場するのは1590年の事、日本では豊臣秀吉が天下統一を成し遂げた年にあたります。

セルパンとはフランス語で「へび」の意味。
クネクネとしたユニークな見た目を見たまんまで名付けたものすごくイージーなネーミングですが、開発された当時からフランス人はウィットに富んでいて、ユーモアもあるアーティスティックな感性を持つ民族だったのだなと感じずにはいられません。

さて、検索サイトなどでセルパンと入力すると、生き物のへびについてのサイトや画像ばかりがヒットしてしまうこのへび型楽器・セルパン。
いったい何のために開発された楽器なのか、現役時代にはどのような役割を担う楽器だったのか、作り方は?素材は?金管なの?木管なの?などなど、
ここでは現役セルパン奏者である私が、この楽器を初めて見る方が純粋に抱く疑問などをごく簡単に、そして実演しているからこその私見も含めてお話したいと思います。

なおセルパンの歴史などについては明確に解明されていない事も多いため、ここに記載している内容の全てが必ずしも正しい情報とは限りませんので悪しからずご了承ください。(誤情報などがありましたら、随時修正させて頂きます。)

それでは、華麗なるうにょうにょセルパンワールドへとご案内いたします。

  • History of Serpent 誕生〜18c中頃

    先にも書いたように、セルパンは今から約400年ほど前のフランスで誕生しました。
    音楽の歴史で言うと、ルネッサンス時代からバロック時代への過渡期である1590年にその名前が初めてこの世に登場します。

    そもそもセルパンはフランスの教会で使う楽器として発注・開発されており、そのためメインとなる仕事場は教会の中でした。
    ミサなどの典礼で歌われる合唱に重ねて演奏されることが一般的だったようで、合唱の音圧補強をしたり、響きをより豊かにするという役割で使われており、基本的には歌と同じメロディーを一緒になぞるというような演奏をライフワークとしていました。
    そして時には曲の合間などに即興演奏もしていたようです。

    教会でのセルパン1 教会でのセルパン2

    17c以降(1600年代~)にはフランス全土の教会でセルパンが大活躍しており、雇われていたセルパンティストへのお給料や楽器購入代についての資料なども残されています。
    さらに、かの有名なパリのノートルダム大聖堂でもセルパンティストを雇っていたようで、17cのフランスにおけるセルパンの隆盛ぶりを感じることができる史実の一つでございます。

    ちなみに教会にある楽器といって、最もイメージが湧く楽器といえばオルガンではないでしょうか。
    セルパンが活躍した時代の教会には、もちろんオルガンもありましたが、ミサなどを行う時にセルパンとオルガンが同時に演奏(アンサンブル)することはあまりなかったそうです。
    オルガンの時はオルガン(伴奏)、セルパンの時はセルパン(伴奏ではなくバスのパートを吹いたり、歌に重ねていた)とはっきりと役割が分担されていたそうです。

    この後、18c中頃までセルパンは、教会から世俗社会に抜け出す事はほぼなく、フランスの教会音楽に限定された、ある意味で箱入り息子的な人生を歩んでまいります。 そして18cの終わり頃(1700年代の終わり頃)、セルパンは大きな転換点を迎える事となるのです。

  • History of Serpent 18c中頃〜現在

    さて、誕生してから約150年もの間、教会の外に出ることのなかったセルパン。
    そんな箱入り息子のセルパンに、18cの終わり頃、大きな転換期がやってきます。

    ヨーロッパではフランス革命など動乱の時を迎えるのと同時に、トルコで誕生した軍楽隊・メフテルの影響で、各地で軍楽隊が組織されました。
    なんとその軍楽隊に、【軽くて持ち運びが可能・歩きながら吹ける・それなりに低音域で音量が出せる楽器】と言うことで、セルパンが好んで使われるようになったのです。
    そしてこの時、これまでのセルパンでは出せなかった音を出せるように、かつ演奏しやすく、そしてアンサンブルにおける音程の精度を上げるために、今日のクラリネットやフルートについているような「キー」が取り付けられました。
    従来型のキーなしセルパンは『教会のセルパン(セルパンデグリーズ)』、新しく改良されたキーがついたセルパンは『軍隊のセルパン(セルパンミリテール)』と呼ばれ、2種類のセルパンがこの18cの終わり頃から活躍する事となります。

    キーなしセルパン キーありセルパン

    (写真左・キーなし 写真右・キーあり)

    このキーをつけるという改良により、これまでのセルパンと比べて演奏の精度は格段に上がり、楽器の認知度もアップ、セルパンの活躍の場はヨーロッパ各地へと広まっていきました。
    フランス革命後の19c初頭(1800年代初頭)には、屋外での演奏や大きな編成よる吹奏楽などが大流行し、そのような場においても外で演奏ができるセルパンは、かなりニーズがあったようです。
    ちなみにこの頃には、パリの国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)には少なくともプロフェッサーが3人いて、セルパンを学ぶ学生もかなりの数だったそう。当時のセルパンのニーズの高さを垣間見ることができるお話でございます。
    さらにこの時、セルパンにキーを取り付ける以外にも様々な改良が加えられ、縦型のセルパンをはじめとして派生型セルパンもたくさん誕生します。

    縦型セルパン

    (浜松楽器博物館に展示されている縦型セルパン)

    今まで教会の中の箱入り息子楽器であったセルパンは、18c中頃以降、世間に溢れるスタンダードな楽器としてある程度は認知されていたようで、古典派の作曲家であるベートーヴェンの軍楽隊向けの作品や初期ロマン派の作曲家・ベルリオーズやメンデルスゾーンなどのオーケストラ作品にも数曲ながらパートが割り当てられています。

    このように教会を飛び出して、目覚ましい活躍ぶり、どんどんその存在感が増していたセルパン。
    まさにセルパンの人生はこれからだ!と思っていた、19c初頭の1817年の事。
    オフィクレイドという楽器の登場により、悲しい哉、セルパンは次第にその姿を消してゆく事になります。

    オフィクレイド

    オフィクレイドは体が全て金属で出来ている、今日のバリトンサックスのような見た目の楽器。
    セルパンに比べ、よりパワフルで華やかなサウンドを奏でるオフィクレイドにやがてその座を奪われていき、そのオフィクレイドも19c後半にはチューバの誕生により次第にフェードアウト。
    20c初頭にはセルパン奏者やオフィクレイド奏者は「あの楽器を吹いてる人がいたらしいよ~」というように、レアな(変人な?)存在として語られるほど衰退していきます。

    そして21世紀の今日、私を含め、世界に目を向けても30人もいないであろうセルパン奏者たちは、その穏やかでたおやかな音色、その圧倒的な存在感、個性の塊であるセルパンを世に残すべく、そして少しでも多くの方々に見て聴いて知ってもらうべく、日々技術を磨きながらそれぞれが個性的な演奏活動を展開しているのでございます。

  • セルパンいろは 〜なぜへびの形に?〜

    セルパンの最も印象的な部分と言えば、何と言ってもあの”へび”のようなクネクネとした形。
    世界的に見てもここまでクネクネとした楽器は中々思い浮かびませんが、ではなぜ、セルパンはこの様な形になったのでしょうか。

    セルパンが誕生した時代は、ちょうどルネッサンス時代からバロック時代への過渡期。
    セルパンの誕生以前であるルネッサンス時代には、とある楽器が大流行していました。
    【コルネット】あるいは【ツィンク】と呼ばれるラッパで、セルパンと同じく木で作られている楽器です。

    コルネット・ツィンク

    (コルネットの図)

    音を発する物体は体が小さかったり、管が短いと高音に、逆に体が大きかったり、管が長いと低音になりますが、このコルネット・ツィンクは約50cm程の長さの高音を奏でる楽器。
    とても繊細な甘い音色が特徴で、ルネッサンス時代にはヴァイオリンと並ぶソロ楽器として大活躍していました。
    構造も木製の体にリコーダーの様な穴があいていて、その穴の開け閉めによって音程を変え、自分の唇を振動させて音を出すいわゆる今日の金管楽器と同じリップリード楽器。
    セルパンはまさにこのコルネットのバス楽器として開発されたというのが通説となっております。

    で、このコルネットはまっすぐ1本の細長い体ですが、セルパンをコルネットと同じようにまっすぐ1本で作ってしまうと、当然ながら管長はどんどんどんどん長くなっていきます。
    ちなみにセルパンの全長は2メートル半くらい。
    2メートル半もある長い1本の体ではとても1人では演奏することができないし、さらに場所も取ってしまいます。
    という事でちょうどいい塩梅でクネクネにしてみたらコンパクトになって、演奏も人間1人で出来るではないか!という事で、世にも稀なるクネクネとしたへび型楽器・セルパンが誕生したのでございます。
    (なお形状の由来には諸説あり、コルネットのバス楽器として作られたこの説が現在最も有力な説となっております。)